楽観も、悲観もしない、ん?

つぶやき

常にフラットでいようと思った

息子のような子どもとの生活は

毎日が息子の精神状態の⤴⤵次第で、私の気分も⤴⤵となりがち

まして、それが小学生ではなく、成人男性ともなると余計にね

もう、そんな日々が10年以上続いているわけで…

けっこう、傍目に見えるより精神的にきますね

将来的にみても、親亡き後、一人で暮らしていける状況にはほど遠く

ましてや、働くことを口にすることすらできない状況です

3年くらい前までは、夜寝る前には不安感でどうにかなりそうでした

私が居なくなってしまったら、この子はどうなってしまうのか

想像することすら怖かった

なるようにしかならない

でも、どんなに今考えても、先のことを悲観しても、どうにかなるわけではない

先のことは、結局は本人次第で、なるようにしかならないよな

という、考えに至ってしまい

私は私の今できることを、やっていくしかない

息子という人間がここにいます、と認知してもらっておこう

そして、私が居なくなったあと、助けてもらえるよう

息子が、自分で助けてくださいと言えるように

生活していくうえで、必要な最低限のことを、本人ができるようにしておこう

それだけでいい

結論は『なるようにしかならない』

マイナスの感情からではなく、常に自分の気持ちをフラットにしておくための

私のおまじないのような言葉です

あるがままを受け入れる

でも、やっぱりネガティブかな

まあ、無理に明るくする必要もないかなと

前向きにというのも、正直しんどい時もあるので

常にフラットで、あるがままで

今の息子の状況も、私自身の状況もそのままを受け入れて

あるがままで、生きていくこと

楽観も、悲観もせずにね

自分の精神を保ち、息子と生活していくうえで

それが今必要な気がしています

偉そうなこと言ってますが、実は…

まあ、自分の鈍感力で、良くも悪くもここまできたようなものです

『鈍感力』これが、私の一番の強みかな(褒められたものではない)

『まー、なんとかなるでしょう』

実はこれが本音だったりして

悲観する必要はないですが、時には楽観も必要です

という、とりとめのない、気まぐれな私の話でした

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